営業マンが頭痛治療家を目指した理由

 はじめまして。

この度は当院のホームページをご覧いただきありがとうございます。

院長の梶田恒輔と申します。

 私は2人兄弟の次男として、厳しくも暖かい家庭に生まれました。

小学校5年生の時、体育の授業で鼻骨を骨折しましたが、医療ミスにより折れたまま固まってしまいました。

その際、手術をすることになったのですが、医者には頭痛持ちなどの後遺症が残るかもしれないと言われました。

特に頭痛などの後遺症もなく中学校・高校生活は陸上部に所属し、高校時代はヤリ投げで県のベスト8に残ることもできました。

 

そんな高校を卒業した翌年、19歳の時に突然、事故で母親を亡くしました。私は、事故の相手の態度や警察の対応に極度のストレスを感じ、急性のアトピー性皮膚炎とともに偏頭痛を発症してしまいました。

 

その頃の頭痛はそこまでひどくはなく、痛くなったら市販の頭痛薬を飲めば治る程度でした。

 その後大学を卒業し、樹脂製品メーカーの営業として就職。ルートセールスなので、自分を売り込むことでお客様との信頼関係を築き上げ、お仕事を任せていただいておりました。

 

3年目には営業のツートップとして会社に貢献しておりましたが、会社に外部からの役員が入社してきた途端に会社の雰囲気が一変しました。

粛清という名目で、ベテラン社員の切り捨て、下請け企業の総入れ替えと、心ある人間のやることとは思えない会社のやり方に耐えきれず、自ら退職をしました。

 

切り捨てられた上司とともに、同じく切り捨てられた下請け企業を救うべく新会社を設立し、新たなスタートをきりました。

 

社長と二人でスタートした会社だったため、私に掛かる仕事の負担は半端なく、その頃から生活リズムが崩れ、頭痛がひどくなっていきました。

立ち上げ当初から順調に滑り出し、社員も10人ほどになりましたが、世の中が不景気になっていくと共に、お客様の発注のスタイルにも変化が現れてきました。

 

以前は、信頼関係で任されていた仕事も、徐々にコスト重視に変化していき、営業としての存在意義がわからず、やりがいを感じられなくなっていきました。

 

コスト重視の時代の流れに対応するため、会社は親会社に吸収合併。私は部長職で招聘されましたが、やりがいの部分ではモヤモヤしたものが拭いされませんでした。

 

そんな20年近い年月の中で、頭痛も徐々にひどくなっていき、ロキソニンが効かない状態にまで悪化していました。

 そんな中、会社で身近な人たちが何人も頭痛で苦しんでいることを知りました。自分の頭痛とは比較にならないほどの頭痛の方も多く、ひどいと3日以上も飲まず食わずで倒れ込んでしまうという状態の方もいました。

 

そのうちの一人の方から「以前に日だまりショットを受けている時はひどくならなかった」という話を聞きました。

 

 私も頭痛持ちなので、とても興味があり、半信半疑で一度日だまりショットを受けてみよう!と、一緒に予約を取り日だまり整体院に行きました。

すると、毎日ゾーミック(トリプタン系偏頭痛薬)を飲んでいたのが、その日から3日間1錠も飲まずに過ごすことができたのです。本当にビックリしました。

 

全く痛くもなく、ほぼ軽く触っているだけの状態なのに、こんなに一気に改善してしまうことが不思議でなりませんでした。と同時に、この技術を身につけることができるなら、身近に頭痛で苦しんでいる人たちを助けてあげることができる!そう思ったら、自分の想いが止められませんでした。

 

私は学生時代に、たくさんの大切な人たちを亡くしてきました。母親をはじめ、従兄弟、祖父、祖母、親戚、友人・・・もう大切な人たちが苦しむ姿を見たくない。

 

頭痛で苦しむ人たちを見るたびになんとか助けることができないだろうか?私が救ってあげられることはないのだろうか?と考えていたところだったので、すぐに日比先生にお願いし日比塾の体験会に参加をさせていただきました。私はその瞬間「私がやりたいことはこれだ!これしかない!」と直感的に感じました。

 

人と人との繋がりを大切にし、頭痛患者さんのツラい頭痛人生を共に背負い、その頭痛から救っていく。

まさに自分が考えていた「やりがい」しかない天職だと感じました。

頭痛でツラいあなたにも頭痛が治っていく感動を味わっていただきたいです。

元頭痛患者の一人である私が、あなたの笑顔を取り戻すため全力サポートします。

頭痛のない未来を手に入れて、笑顔の毎日を過ごしましょう。